まず初めに断わっておく。今までさんざん偉そうなことを書いておいて、私は漫画と小説、つまり物語について門外漢だ。小説も月一冊ほどで、漫画も三ヶ月に一冊のペース。つまり、無知である分野に対して「もし私が書き手ならばこう書きます」程度の意見を今まで書き記してきたわけだ。
自分が作品を書く場合、まず相当漠然としたアイディアから発する。森博嗣が言うには、伝えたいアイディアが上手く具体的に表現出来ない場合、そのアイディアは絵と物語で表現が難しいものであるという。アイディアと表現力が一致するとき、初めて固まったアイディアが生まれるのが経験則。私みたいなタイプの場合、その抽象的なアイディアをしっかりと全部書き溜めておき、それを後で見直して作品にするといったところだろうか。何にせよアイディアを熟させるのに時間を掛ける。
神話のモデルをプロットに採用した作品が好きです。私はプロットのリズムが悪い作品が好きではありません。大体、観ていてシナリオが印象に残る作品は、神話をプロットに組み込む仕方を上手く理解していると思います。
シェイクスピアの『ハムレット』やゲーテの『ファウスト』は確かにシンプルなプロットですが、それはあくまで「単一性」と言えるように、それ以上無駄なプロットを組み込むと芸術としての純度が下がるからそうなっているのではないのでしょうか。そのシンプルさが『ファウスト』を逆にいく通りもの解釈を呼んで、いくら模倣されても使い尽くされない作品にしたのだと、これを書きながら少し気付きました。
これを何でそうなるかと追求していくと、「元型」という概念に辿り着いて行きます。
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河合隼男著『無意識の構造』(中公新書)
河合隼男著『昔話の深層』(講談社プラスアルファ文庫)